受験生にいずれ伝えようと思ってたこと | 東進ハイスクール北千住校|東京都

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2020年 11月 21日 受験生にいずれ伝えようと思ってたこと

深夜に食べるラーメンは、部活のスポドリ並に美味い。

どうもこんにちは。担任助手2年の仁平(にひら)です!!

夜に食べるラーメンってなんであんなに美味いのか。。。。

倫理の授業で取り扱ってもいいくらいの命題であると自分は評価しているのだが。

部活の休憩で飲むスポドリと同じくらい美味い。運動部伝われ。

っということで今回は、いずれ「受験生の皆さんに伝えようと思ったこと」について書こうと思う。

突然だが、これを読むみなさんにとって「大学受験のゴール・目標」というものをどのように考えているだろうか。

もちろん第一志望校合格のはずだ。

これは揺るぎのない事実であり、決してぶれてはいけない目標である。

と少なくとも僕は思う。

じゃあそんな皆さんに問いたい。

これを読む高校1・2年生の皆さんもぜひ考えて欲しい。

「大学受験の意義とは。」

どのように考えているだろうか。

1度目を瞑り、胸に手を当て、自らの鼓動に耳をすませ、一考してもらいたい。

僕はこれに「自己成長」という意義を見出している。もし僕と同じように考える生徒がいたらとても嬉しく思う。ぜひ受験がおわってコロナが落ち着いていたら飯に行こう。

ではなぜこのような意義を結論づけたのか。

それは大学受験というシステム上、君たちの努力は結果としてどうしても二つの評価に大別されてしまうからだ。

勘のいい人なら察しただろう。そう。

「合格」と「不合格」の二つの評価だ。

これほどまでに非情な評価はないと私は思う。

受験当日までどのように過ごしていたって、結局は合格か不合格かの二つの評価がなされる。

どんなに頑張っていても、落ちてしまえば「不合格」

どんなに受験を舐めてかかっていっても、受かってしまえば「合格」

その過程にあるものなど無視して、みなさんはこの二つに振り分けられるのだ。

今から述べるのは単なる綺麗事かもしれない。

そういう話が嫌いな人は、ブラウザバックでもタブ消去でもなんでもして、この先は読まないでいただきたい。

が、これを読み進めてくれた人にはぜひ、自分の受験が終わるまで心に刻みつけていただきたい。

君の受験は君だけのものではないのだ。

まず第一に、君のことを18年間育てかつ受験という一大イベントに大金を払ってくれているご両親。

そして支えてくれている身近な教員の方々。

応援してくれている友人や恋人、部活仲間。

それら全ての人の思いを一身に受けて、君は大学受験の受験会場へと向かうのだ。

少し話が変わるが

君たちがもし今、親や教員など大人の方々から

「お腹空いてない?」

「痛いとことかない??」

「お友達とうまく行ってる???」

などど過度な心配をされたとしよう。

すると君たちの多くは

「やめてよ。もう子供じゃないんだから。」

と思うことだろう。少なくとも僕だったらそう思う。

そう。君たちはもう子供ではない、大人なのだ。

18歳で選挙権を持ち、ある程度の年齢制限を超え、自己判断に多くを委ねられている。

そんな大人な君たちなら、この話をしっかりと受け止めてくれると信じて述べる。

君たちは、自分のことを想ってくれている全ての人に報いるべきではないのだろうか。

いや、報いなければならない。

そこに大学受験の意義がある。

合格や不合格では測れない、自己成長という意義が。

結果として第一志望校に受かった。本来行きたい大学に行くことはできなかった。

ということになってしまうかもしれない。

しかし、最後まで諦めず、血反吐吐きながらでも合格という目標に執着し続け、一心不乱にペンを走らせる。

そうして受験を終えた後の君たちは、そうしてこなかった人たちよりもきっとずっと人間として強くなっているだろう。

魅力あふれる人へと成長しているだろう。

人の痛みがわかり、努力の大切さを知りそれを今度は誰かに、後輩にそして自分の子へと伝えることができるようになっているはずだ。

そんな立派な大人になれると僕は思う。

今からでも遅くない。

残り限られた時間を、「第一志望校合格」という目標そして「自己成長」という意義へと費やしてほしい。

そうやって受験が終わったら、たくさん話を聞かせに来てほしい。

「君たちが、何おいて成長できたか。」を

   

この話が誰かのモチベーションへと繋がっていたら、僕の担任助手の2年間は無駄じゃなかったと思う。

これからの君達のように、僕も受験を通じて成長できていたのかなと思えることだろう。

 

さぁ、話はおしまい。

頑張っておいで!!!!

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